自宅。 ディミトリも普段は平凡な中学生『ワカモリタダヤス』を演じなければならない。 平日の昼間は学校に行かなければならないのだ。(また、クソッたれな場所に通う事になるとは思わなかったぜ……) 退屈極まる時間をジッとしているのは苦痛だった。 知識が無いので授業の内容が理解出来ないからだ。 彼は教室では口をきかなかった。この国の中学生の常識が皆無なので話がつまらない。 それと面倒臭い事になるのを避ける為だ。 事故の事は予め全員に知らせているようなので、クラスメートもディミトリには積極的に話しかけては来なかった。 後遺症があるという事にしてあるが、時々はサボって保健室で寝てたりした。 そうすると先生たちに依怙贔屓されていると勘違いするのも当然のように居るものだ。 トイレに行って用をたし、教室に戻ろうとすると同じクラスの大串が立ちはだかっていた。 何故か目玉をギョロギョロ動かしてる。 大串の子分たち二人も来ていて、トイレの出入り口を塞いでいた。(何かを探しているのだろうか……) ディミトリは無視して通り過ぎようとすると再び立ちはだかった。 やっぱり、目玉をギョロギョロと下から上へと動かしている。 いつだったか、病院抜け出した時に絡まれた金髪にも、似たような事していたのを思い出した。(ああ、威嚇してるつもりなのか……) ディミトリが育った街では威嚇などしないで拳で語ることが多かった。次がナイフだ。最後は拳銃で撃ち合った。 ところがこの国では違うらしい。目玉をギョロギョロ動かすのが相手への威嚇になるらしい。 中々、滑稽な風習なのだなと思った。「何の用だ?」「あっ?」 面倒くさいが一応話は聞いてあげようかと声をかけてみた。 やっぱり、目玉をギョロギョロ動かしている。「何の用だと聞いている……」「誰に向かって聞いてるんだっ! あっ!」 まるで話が噛み合わない。頭の悪そうな相手にディミトリは目眩がしてきた。 それと同時に時間を無駄に使わされるに腹が立ってきはじめた。「調子こいてるんじゃねぇーよっ!」 まだ、目玉をギョロギョロ動かしている。 ディミトリは吹き出しそうになるのを堪えていた。「おめぇの目つきが気に入らないんだよっ!」 ディミトリがニヤついたのをバカにされたと勘違いした大串が大声を出しはじめた。 そのまま
何も反応が無い。顔を掴んだまま頭を床に叩きつけた。「分かったな?」 再びゴンッと鈍い音と共に大串の目に涙がたまり始めた。指が少し深く入ったのでろう。「……」 大串が頷くような動作をしている。もっとも、頭をディミトリが抑えているのでうまく出来ない。「むぅ…… むぅ……」 そこまで言うと手を離してやった。 大串の目から涙が溢れ出ている。どうやら目玉は無事らしい。「……」 立ち上がったディミトリは子分たちの方を睨みつけた。 いきなりの逆転劇に大串の子分たちは立ちすくんでいた。 相手の予想外の強さに驚き、どうしたらいいのか戸惑っているのだ。「ん? 次はお前か??」 子分たちは首を盛んに振って道を譲った。 ディミトリが大串に構ってる時に、襲うという発想が彼らに無かったのは幸いだった。 一度に三人相手に喧嘩は出来ない。手加減する暇が無くて相手を殺してしまう可能性があったのだ。(これで終われば楽だがな……) ディミトリはため息を付きながら教室に戻っていった。 彼らが素直に諦めるとは思えない。弱いやつ程キャンキャン吠えるのを知っているからだ。 自宅に帰ってきたディミトリは、詐欺グループのアジトに仕掛けてきた盗聴器を聞いていた。(思っていた以上に鮮明に聞こえるな……) リビングに面した部屋以外の音も拾えるのは意外であった。音がくぐもって大して聞こえないと考えていたからだ。 もっとも、それらはロシア製や中国製の怪しげな盗聴器だったせいもある。(実は日本の民生品ってのは凄いんじゃねぇのか?) そんな事を考えながら聞こえてくる音に集中していた。 床を歩く音や玄関の開閉の音も聞こえていたので人数を数えるのが楽になりそうだった。 何日か観察した結果で彼らの行動パターンのような物が判明してきた。 午前中は詐欺の鴨を見つけるための電話セールス攻勢。午後は金を引っ張るための外出がパターンのようだ。 肝心の金は事務所に戻ってきてから分けているようだ。どういった割合で分けているかは不明だ。 そして金は各々自分で管理しているらしい。時々個人で外出しているので、その時に銀行に預けているのだろう。 時々、街中に繰り出して酒を浴びるように飲むらしい。(酒を飲むと言ってもたかがしれている……) 正体不明の不審車の事も有り、金を手に入れておくのは早
襲撃の当日。 真夜中に目を覚ましたディミトリは二階の窓から双眼鏡で外を眺めた。例の不審車が居るかどうかを確かめるためだ。 二ブロック先の交差点を見てみたが問題の車は居なかった。(やはり、夜中は見張っていないのか……) もっとも、他の場所に変更した可能性もあるが、それは低いだろうと考えていた。(本格的に見張るのなら複数台で交代するはずだからな……) 見張りだけで何も接触してこないのも不思議ではある。彼らの意図が良く分からない。 だが、分からない事で悩んでいてもしょうがない。今は目の前にある問題に取り掛かることに決めた。 それでも念の為に家の裏側から、他人の敷地を通って抜け出した。自転車は予め公園に駐めておいたのだ。(五時頃までには戻りたいな……) 昼間は普通の中学生を演じているので、突発的な休みはしないようにしている。(良い子を演じるのも大変だぜ……) そんな自虐めいた事を考えながら、詐欺グループのマンションに着いた。 夜中であることもあり、誰とも擦れ違う事はなかった。 マンションの入口付近には防犯カメラがあるのは知っている。 なので非常階段側に回り込み、外についている雨樋を足がかりにして乗り込んだ。 何も正面から行く必要は無い。これから行うことを考えると、防犯カメラに映り込むのは避けたい所だ。 そして、静かな階段を上り外廊下を走り抜ける。いつもながらドキドキする瞬間だ。(このドキドキ感がたまらないよな……) 訳の分からない感想を考えながら目的の部屋の前に来た。 マンションのドアに取り付き、ドアスコープを覗き込んだ。人の移動する気配は無い。 ドアスコープは中から外が見えるように作られている。だから、中が見えるわけでは無いが動く影ぐらいは見えるのだ。 ドアスコープをペンチで外して、その穴から内視鏡を差し込んだ。胃の検査とかに使う器具。 内視鏡でドアに付いている鍵のノッチを回せば、鍵が無くとも家の中に侵入できてしまう。 これは空き巣が良くやる手口だ。ドアスコープが何の脈絡も無く取れていたら要注意。(よし、ひとまずは成功だ……) ディミトリはいとも簡単にアジトに忍び込むことに成功した。賃貸物件サイトの案内では2LDKのはずだ。 マンションに入った瞬間に想ったのは『酒臭え』だ。マンションの中には男たちのイビキが響いて
ディミトリは厚手のマスクを口元にして、携帯の音声加工アプリを使い始めた。 今のディミトリの声は中学生の坊やの声なので凄みが無いためだ。『金は何処だ?』 音声加工アプリから流れ出す器械的な声が部屋に響く。 質問はシンプルな方が良い。彼らに余計なことを考えさせる暇を無くす為だ。「金なんかねぇよっ!」 リーダーらしき男が答えた。ディミトリは最初から彼らが白状するとは思ってもいない。 だが、彼らと会話する手段は幾らでも知っている。色々な手段は経験済みだからだ。『……』 リーダーの顔に持ってきたマスクを掛けてやり、それからマスク全体に酢を垂らしてやった。「ゲホッゲホッ」 酢特有の刺激臭にリーダーはむせ返っていた。顔を左右に振ってマスクを外そうとするが叶わない。『金は何処だ?』 ディミトリは再び質問した。器械的な声が部屋に流れる。「だから、ねぇって言ってるだろうっ!」 やはり、酢程度では駄目なようだ。次は酢酸を掛けてやった。 これは写真の現像などに使う皮膚などに付くと爛れてしまう程の酸性を持っている。当然刺激臭もキツイ。「ゲホッゲホッゲホッゲホッ」 リーダーの咳き込み具合は酷くなった。喉の奥から絞り出すような咳き込み方だ。 何も喋らないので今度はアンモニアの小瓶を鼻先に突きつけてやった。「むがぁっ!」 アンモニアは効いたようだ。仰け反るような仕草を見せたか思うと項垂れてしまった。 他の三人はリーダーの咳や声を聞くだけでビクリとしていた。時々、ぶん殴ることも忘れない。 いつ自分に拷問の番が回ってくるのかを分からせないようにする為だ。 そうやって恐怖心を植え付けるのが上手く尋問を行うコツだ。『金は何処だ?』 きっと、際限なく拷問されると観念したのだろう。「―― 本当に無いんです ――」 リーダーは目と鼻と口から色々なものを垂らしながら言ってきた。『十本有るのは知っている。 何処だ?』「あ、アレはもう渡した……」 リーダーは即答してきた。 此方は金が集結しているのを知っている。そう示唆したつもりだったが頭が回っていないようだ。 まだ、金が無いと言い張るつもりのようだった。『それは明日じゃなかったのか?』「えっ……」 ここでリーダーは襲撃者が金の行方のことを知っている事に気がついた。少しトロイようだ。「ちょっ
詐欺グループのアジト。 想定していなかった玄関のチャイム音にディミトリは反応した。 まず、四人の口にテープを貼り直したのだ。声を出されたら困るからだ。四人は何やらモガモガ抗議していたが無視した。 部屋の電気を消して玄関ドアの所に行った。外の様子を窺うために、ドアスコープ越しに覗こうとした。 だが、ドアを睨みつけたままで動くのを止めた。(ん?) ドアスコープの部分に違和感を覚えたのだ。(……) 直ぐにそれが何なのかは気づいた。(確か玄関先に廊下の蛍光灯が点いていたはず……) つまり、ドアスコープからは灯りが漏れていないといけない。 だが、ドアスコープは暗くなっているのだ。そして、見てる間に再び明るくなった。(つまり…… ドアスコープ越しに中を覗いている奴がいると言うことか……) それはディミトリにも覚えがある事だ。自分自身がこのマンションへ侵入する時に同じことをしたからだ。 勝手が分からないのに突入するのは馬鹿のやることだ。(泥棒じゃないよな……) 泥棒も強盗もチャイムは鳴らさない。 ディミトリは玄関ドアに耳を付けて、外の様子を窺ってみる。何やら動く気配はあるがハッキリとはしなかった。 そこでディミトリはベランダから様子を見てみようとリビングを横切った。 詐欺グループの男たちはモゾモゾと拘束を解こうと動いてる。(宅配便…… じゃないよな……) ベランダが見える窓に寄り添うように立って、カーテンの隙間から外を覗いてみた。 カーテンが揺れないようにそうっと見るのだ。 すると、目付きの悪い男が熊のようにうろついているのが見えている。時々、この部屋の方向をチラチラ見てる。(何だよ…… ヤクザのカチコミか?) ここの連中はアチコチに恨みでも買ってるのだろうかと思い始めた。恨みを買わない方がおかしいとも言える。 やっている仕事内容からすると、縄張り争いなども考えられる。 だが、男のもとに何人かが近づいていくのが分かると考えを改めた。(男が三人に女が一人…… ちっ、警察のガサ入れじゃないかっ!) ヤクザのカチコミならゴリラみたいな野郎が詰めかけるはずだ。女性が混ざっているのは警察関係者である証拠だ。 そして早朝の時間にやってくるのは詐欺グループの家宅捜索なのは明白だった。 裁判所の出す令状には時間的な制約があるのだ。時
(借金返さない奴の所にロケットランチャー打ち込んだ事があったな……) 昔、ポーカーで大勝ちしたことが有ったが、その時の相手が金持ちの癖に金払いの悪いやつだった。 頭にきたので対戦車ロケットランチャーを、自宅に打ち込んだら泣きながら払いに来たことを思い出した。(ちょっとした挨拶だったんだがな……) 慌てふためく金持ちの顔を思い出しながらクスクスと笑っていた。 ディミトリは詐欺グループの男たちの携帯電話を取り出した。没収しておいたのだ。 これから、この携帯電話を使った遠隔装置を作りだす。 まず、ノートパソコンからバッテリーを外す。バッテリーの電源端子に線を繋ぎ少しだけ離しておく。 その線を跨ぐようにテッシュを置き、上からの圧力で線がショートするようにする。 携帯電話を垂直に立てて、不安定にさせれば出来上がり。 こうしておくと着信のバイブ機能で携帯電話が振動して倒れてしまう。 携帯電話はテッシュに倒れ込んで線をショートさせるはずだ。テッシュは発火し花火に燃え移る。 と、なるはずだ。(でも、俺はハズレを引く天才だからな……) いきなりの事態に捜査員は慌ててしまい応援を呼ぶだろう。 つまり、警察の関係者を玄関先に集結させてしまおうと言う作戦だ。 結構、荒っぽいが他の方法を思いつかなかった。(めんどくせぇな…… 全員殺ってしまうか……) 勿論、全員殺ってしまっても良い。ディミトリなら訳なく出来るだろう。だが、今はその時ではない。 小道具は色々と持ってきたが、所詮は中学生が用意できるものだ。たかが知れている。 スリングショット以外に武器は無い。これでは手間が掛かり過ぎてしまう。 なるべく穏便に脱出したかったのだ。 玄関からは相変わらずチャイムが聞こえ、同時にドアをノックする音も聞こえ始めた。 どうやら居留守を使っていると思われているらしい。チャイム音と同時に部屋の灯りを消したので当然だ。 ディミトリは窓に小細工を仕掛けた。内鍵を掛ける所に釣り糸を引っ掛けたのだ。 釣り糸を窓と窓の隙間から外に押し出しておく。外から釣り糸を引っ張れば鍵を掛けた状態に出来る。 そうすると密室状態であると勘違いしてくれるはずだ。(これで上手くいくはず…… いってくれ…………) 玄関に仕掛けた装置を電話で起動した。着信音の後にボンと音がした。やがて
自宅。 早朝に帰宅したディミトリは祖母に悟られないようにコッソリと自室に戻った。 そして、パジャマに着替えてベッドに寝転んだ。(何故、あの車が彼処にいたんだ?) 釈然としない気分で自問自答する。自分としては部屋に居る風を装っていたつもりだ。 いつもどおりに夕方のランニングを終え、自宅に戻ってから外には出かけなかった。 そして、彼らに見つからないように裏の家から通りに出た。(何もおかしな点は無いよな……) 今日一日の行動を思い返してみて不審点を考えてみた。(もう一台。監視用の車が居たのか……) だが、通りには車は居なかったはずだ。それは確認していたから間違い無い。 そして移動中も警戒を怠らなかったつもりだ。元々、何か異変を感じたらそこで中止してしまうつもりだったのだ。 これは不審車だけでは無い、警察車両の警らも警戒しているためだ。 中学生がフラフラと出歩いて良い時間でない。それを知っているので注意しているのだ。(車が居なくても人員を配置していた可能性もある……) 通りには雑居ビルもあったし、マンションなども建っている。 その中で監視されていたらディミトリには分からない。(う~ん……) 定点的な観測所を設けるのなら、車を増やした方が使い勝手が良いはずだ。 自分だったらそうする。(何らかの手段で確認する必要があるな……) ディミトリが分からない手段で監視されているとしたら問題だ。行動の自由が無くなるのを意味している。 それでは金を都合して自分の身体を探すことが難しくなるからだ。(ええい、クソッたれな連中めっ!) ディミトリは毒づいてから布団を頭まで被った。考えがまとまらないせいだ。 少しウトウトしてから学校に行くために再び着替えた。日常を演じる事で無関係を装うつもりだ。 もっとも、謎の組織の監視下にあるので意味が薄いかもしれない。 学校を普通に終えたディミトリは早速着替えた。夕方のランニングを装う為だ。 だが、途中でコースを変更して目的地を変更するつもりだった。 毎日、ランニングの最中にストレッチ体操をする公園を横切ってバスに乗車した。 ランニングコースからバス通りに出るには、公園を大回りしなければならない。 ここで不審車の視界から消えてなくなる筈だ。「ふふふっ……」 不審車に載る二人組の慌てぶりが目に浮
「ちょっと、待てよ……」「なんで、ソイツが来るんだ……」「何で、俺の部屋を知ってるんだよ……」 ディミトリの異常性を知っている大串たちは涙目だ。彼らの拠り所である男の強さとは次元が違うからだ。「俺は何でも知ってるよ……」 先ほどとは打って変わったように静かに返事した。「まあ、大人しく座っていれば、今回は目玉は抉らないよ……」 そう言うとニッコリと笑った。「……」 ディミトリは彼らを無視して部屋を横切った、そして、窓にから外を双眼鏡で覗き始めた。 担いできたディバッグに入っているのは勉強道具では無い。 双眼鏡や着替えなどを持ってきているのだ。「アイツは何やってるんだ?」「覗き?」「近所にお姉ちゃんが居る家なんかねぇよ……」「じゃあ、何やってんだよ……」「関わりたいのか? おまえ……」「……」「……」 大串たちが何かヒソヒソ話をしているのを無視して監視を続けた。彼らがディミトリの事をどう思うが知った事では無いからだ。 そして十五分もしない内に、件の不審車がやってくるのを見ていた。(やはり、そう来るか……) 黒い不審車はブロック向こうの通りに停まっていた。 これでディミトリは確信した。(尾行じゃないな……) 黒い不審車を睨みつけながら、これまでの事を思い返していた。 ディミトリの顔がみるみる内に歪んでいく。(追跡されているのかっ!) ディミトリは不審車の行動の謎が何となく分かった。裏を掻いたつもりだったが、追跡装置があれば意味がない。 日中しか監視しないのは行動観察のためだ。居場所は分かっているので夜間は見張る必要が無かったからだ。 先日の詐欺グループのガサ入れも彼らの入れ知恵であろう。「クソッたれ共め…… 何を考えていやがる……」 思わずディミトリが呟いた。「?」「?」「なんだよアレ……」「お前が聞いてみろよ」「いやいや、大串を訪ねてきたんだろ」「ざけんなよ。 俺は知らんよ……」「俺も無理っす……」 そんなディミトリの呟きを大串たちは不思議そうに見ていた。 いきなりやってきて何かを話するわけでもなく、双眼鏡で外を覗いてイキナリ怒り出す同級生だ。 正直、関わりたくないタイプだと全員が思っていた。(まあ、半分予想はしてた、仕組みがわかればどうってことは無いさ……) ディミトリは背負って
(出てきた……) 銃撃戦となったら、物を言うのは弾幕だ。サブマシンガンを持っていない以上は両手に持った拳銃で戦うしか無い。 先頭の一人は拳銃を持っているのが見えた。(はいはい、チャイカの仲間なのは決定……) ひょっとしたら無関係な船員もいるかもしれないと思っていたが安心して殺せそうだ。 ディミトリは満面の笑みを浮かべて両手の拳銃から弾丸を送り込んでやった。 気分良く撃っていると頬を何かが掠めた。銃弾だ。後ろにも回り込まれてしまったのだ。 ディミトリは右手は出口、左手ではデッキの後方を撃ち出した。 やがて、左手に持ったトカレフの銃弾が尽きた。マガジンを交換している空きは無い。ディミトリは迷うこと無く銃を捨てた。 そして、右手の銃を懐にしまうと、下のデッキに移ろうとして飛び降りたのだ。「うわっと!」 ところが、デッキの下のデッキの手すりを掴みそこねて更に落下してしまった。「おっと……」 舷窓の枠に捕まる事に成功した。そして、腰にぶら下げておいた吸盤を張り付けた。 指先だけで窓枠に捕まるより楽なのだ。 そのまま海の中に逃げても良かったが、自分が泳ぐ速度より陸上を移動される方が早いに決まっている。(もう少し時間を稼ぐ……) ディミトリは窓に向かって銃を撃った。しかし、期待したような割れ方をしなかった。 窓ガラスを銃で撃つが穴が空くだけだった。荒れ狂う波風に耐えることが出来るようにガラスが頑丈なのだ。「くそっ、なんて頑丈に出来てやがるんだ!」 穴の開いた窓を蹴飛ばしながら怒鳴った。 ディミトリは窓の鍵があると思われる部分に、銃弾を集中して浴びせ腕が入る隙間を作り出した。 その間にも、ビシッビシッと銃弾が降り注ぐ音が通り過ぎていく。停泊しているとはいえ、波による揺れは多少はある。 彼らでは薄暗い背景に溶け込むような衣装のディミトリを撃ち取れないようだった。(よしっ! 開いた) 窓の鍵を開けて室内に潜入するのに成功した。(小柄な身体が役に立ったぜ……) 室内に降り立ったディミトリは立ち上がって見渡した。上下二段のベッドが並んでいる。船員用の寝室のようだ。 すると、一つのベッドで誰かが起き上がって来た。 室内に居たのは船員だった。ベッドの上で両手を上げて固まっている。 窓が割れたかと思うと男が入ってきたのでビックリしたら
モロモフ号の甲板の上。 ディミトリはアオイの言った『取引に使うお金』に魅入られていた。「いやいやいやいやいや、駄目だ」 ディミトリが首を振りながら否定した。 確かにここで多額の現金を手に入れるのは魅力的だ。だが、アオイを守りながら戦闘するのは、余りにも分が悪すぎる。 確実に金になる戦闘しかディミトリはやらない。(やっぱり駄目か……) アオイとしては、船底に閉じ込められている子供を助ける事で、贖罪を果たしたかったのかも知れない。 だが、肝心の少年が腰が引けている以上は諦めるしか無いかと思った。「じゃあ、私はゴムボートで待っていれば良いのね?」「いや、近くにアカリさんが待っているから、彼女と合流していて欲しい……」「え? アカリが居るの?」「ああ、どうやって君が居る船に辿り着いたと思ってるの」「あっ、そうか」「この携帯で連絡を取って待っていて欲しい。 あの桟橋を回り込めば陸に上がれる階段が有るから……」「うん、分かった……」 アオイは縄梯子をそろそろと降り始めた。ディミトリは上から降りていくアオイを見ている。キンッ 船の手すりを金属製の何かが掠める音がした。間違いなく銃弾だ。(銃撃!) ディミトリは咄嗟に撃ち返した。発射音は聞こえなかった。恐らく見張りに見つかってしまったのだろう。「見つかった!」「え、え、ええ……」 アオイはまだ縄梯子の半ば辺りだ。降り終わるのにまだ少し時間がかかる。 ディミトリは姿が見えない敵に銃弾を送り込んだ。 命中させることが目的では無い。アオイがゴムボートに乗るまでの時間稼ぎのためだ。(敵もサプレッサーを使っているのか……) その時、埠頭に灯りが倒れていく男を映し出した。紛れ当たりを引いたようだ。(俺も使ってるぐらいだから当然だわな) ディミトリは男に近寄っていく。死んだかどうかを確かめるためだ。(角度から考えると船の壁で跳弾したのが当たったのか……) 傍によると男は首から血を流して死んでいる。当たった場所から考えると跳弾であろうと思われたのだ。 ディミトリは男の銃と予備の弾倉を取り上げて眺めた。(トカレフか……) 無いよりはマシかと懐にしまった時に、海の方からアオイの悲鳴が聞こえた。「きゃあっ!」 ディミトリが慌てて駆けつけると、上のデッキからゴムボートに向かって銃を撃
モロモフ号。 船室の外に居た見張りは壁にもたれ掛かるように倒れている。その頭からは血が流れていた。 不意に少年が現れて問答無用で撃ってきた。声を上げる暇すらなかったようだ。彼は驚愕した表情のままだった。「若森くん……」 アオイは突然の登場にビックリしながらも、見慣れた顔の登場に安堵のため息を漏らした。「ちょっと、足を持ってくれるかな?」 ディミトリが手招きしてる。「?」 アオイが近づいて廊下を見ると見張りが倒れている。頭から血を流している所を見て、アオイは射殺されたのだと理解した。「顔が腫れているけど殴られたの?」 アオイの左頬が腫れているので聞いてみた。「うん、大声出して助けを呼んでたら殴られた」「女でもお構いなしかよ。 ヒデェ連中だな……」 ディミトリは見張りが持っていた拳銃を眺めながら呟いた。「連中は俺の事を探してるんだって?」「ええ、ロシア人が貴方の事をしつこく聞いてきた」 見張りの死体を運びながらそんな会話をする二人。アオイも死体を見たぐらいでは驚かなくなっている。 アオイも死が身近にある職業だとはいえ、慣れていく自分にどんよりとした気分になっていくのを感じている。「何、やったの?」 アオイが足を持ちディミトリが頭を持って死体を部屋の中に入れた。「ロシア人の母親とヤッたんだよ」「馬鹿……」 ディミトリはアオイに小突かれてしまった。彼女は下品なジョークが嫌いなようだ。 次にテーブルクロスで廊下の血痕を拭い去り、部屋を閉めて出ていこうとした。「ちょっとだけ待って……」 ディミトリは鍵を掛けてから、鍵を根本から折ってあげた。こうすると、室内に入ることが出来ない。本当は瞬間接着剤ぐらいで固定した方が良いのだがしょうがない。 アオイが部屋に居ない事は直ぐに露見してしまうだろう。少しでも時間を稼ぐ為の小細工だ。「まあ、お互いに聞きたいことは山程あるだろうけど……」 まず、何故引っ越したのか問い詰めたかったが、先に逃げ出すのが先だ。 敵の人数すら分からないのに彷徨くのは流石に拙い。金の行方は後で聞けば良いとディミトリは考えたのだ。「?」「とりあえず、逃げ出そうか?」 ディミトリが先に歩き、アオイは彼の後ろを付いて行った。「どうやって逃げるの?」「この船の傍にゴムボートを繋いである」「え?」「舷門(
モロモフ号。 ディミトリは船の後方にボートを付けた。係留ロープを結びつける場所がないので、ロープの先に磁石を付けて船に貼り付けた。 これでボートは行方不明にならないはずだ。 それから、吸盤を取り出し船を登り始めた。 まず、右手側を貼り付けて、それを手がかりに左手側を上に貼り付ける。右手側を緩めて左手を手がかりにして上に貼り付ける。 そうやって、交互に貼り付ける事によってよじ登っていくのだ。手の力だけなので結構しんどいものがある。 それでも、何とか登りきって船の舷側から甲板に降り立った。 ディミトリは懐から拳銃を取り出した。警戒したままで、ゆっくりと歩きながら入り口に向かう。 ここで、見つかれば道に迷ったなどと言い訳が効かないからだ。 出発前に見かけた船の見張りは反対側にいるのか見当たらなかった。つまり、常時警戒しているのは一人ということだろう。 最低でも二人は見張りに付くものだと思っていただけに拍子抜けした。 船の中に素早く入ったディミトリは奥に進んでいく。遠くの方で話し声が聞こえるだけで、後は何かの振動音がするだけだ。 今の所、船が侵入されたなどと誰も気付いていないようだ。手短に船内を見て回るつもりだった。 人の声がしていたのは食堂と思われる部屋だ。灯りが点いているので何人かいるらしかった。 ディミトリが入り口の傍によると、中からロシア語の会話が聞こえてきた。『日本のカイジョウホアンチョウの検査は終わったんだろ?』『ああ、連中は気が付かなかったぜ』『じゃあ、さっさと荷物を受け渡してしまおうぜ』『連中に悟られ無いで助かったな……』『ああ、まさかブツを船底に貼り付けて運んでるとは思わないもんさ』(ふん、ソコビキって取引のやり方か……) ロシアの留置場に入れられた時に、隣の房に居た薬の売人に運搬方法を聞いたことがある。その一つに『ソコビキ』と言うやり方にそっくりだった。方法は簡単で薬なり銃器なりを防水箱に入れ、船の底に溶接してしまうのだ。見た目はスタビライザーに見えてしまうので誤魔化しやすいそうだ。(くそっ、ひょっとして違う船だったのか?) 彼らが話していたのは違法薬物か何かの取引らしい会話だった。興味が無いので他の部屋を探しに行こうとした。『ところで例の女はどうしてるんだ?』 中に居る一人が話し始めた。ディミトリ
アカリの車。 サプレッサーを作り終えたディミトリはアカリに向かえに来てもらった。 これからアオイが閉じ込められている船を調べる為だ。車を走らせながらアカリに色々と聞き出しす。「どこの港に連れて行かれるか聞いた?」「いいえ」 車に強制的に乗せられて、直ぐにディミトリが追いかけたので詳しい話は出来なかったそうだ。 ただ、彼らがアオイと確保している事と、中学生の男の子を誘い出して欲しいとだけ言われたようだ。 彼らは只の使い走りのようで、若松忠恭の顔を知らなかったのは幸いだった。「じゃあ、車の中の様子で覚えていること無いかな?」「そう言えば、カーナビに臨海港って表示されていた」 メールか何かでアカリの居場所を教えられて、彼らはカーナビ頼りに走っていたのだろうと考えた。「ん? そう言えば奴らはアカリさんの顔を知ってたんだよね?」「ええ、スマートフォンに私の画像が有りました……」 見せられたのは、自分の画像とアオイの画像だったそうだ。「しかし、臨海港って言っても大きいよなあ……」 ディミトリたちは船であるとしか知らない。他には、相手がロシア系であるぐらいだ。「入港したばかりみたいな話をしてた」「ふむ、日付で検索してみれば良いか……」 ディミトリは携帯で船の入港情報を探り始めた。何か、手がかりが欲しかったのだ。「これかな…… 名前がそれっぽい……」 ディミトリが指差す先には『ナホトカ・モロモフ』とあった。とりあえずは見に行って見ることにした。 本来なら一週間ぐらいは観察をして、人数ぐらいは把握したかったが時間が無い。 アオイが人質にされているせいだ。「キプロス船籍で石炭運搬船とあるな……」 ディミトリは画面を見ながらブツブツ言っている。他にも船はあったが全体的に小さめの船ばかりだ。 きっと、外洋を渡るので大きい船だろう。「とりあえずはコイツに忍び込むか……」 ダメ元で乗り込むつもりだった。「ちょっと、寄り道してもらっても良いなかな?」「良いけど、何するの?」「ちょっと、お買い物……」 まず、釣具店に行きゴムボートを購入した。長さが二メートル程度で二人乗り。手漕ぎだが大した距離を漕ぐ訳では無いので平気だ。 目的の船にはロシア系の連中がいる。そして、彼らはディミトリが訪問するのも知っている。 大人しく入れてくれる訳が
自宅。 ショッピングセンターで乗り換えた車でアカリの車を取りに行った。いつまでも乗ってる訳にいかないからだ。 場所はアカリが誘拐されかかった場所だった。時間貸しの駐車場に停めていたようだ。「なんで、あそこに居たの?」 道中、ディミトリは気になっていた事を聞いてみた。「ん? 留学の下準備に行ったのよ」 ディミトリが見張っていた雑居ビルには、留学のコーディネーターが居るのだそうだ。 今日は打ち合わせに訪れていたらしい。「ふーん…… ところで、お姉さんはどこに引っ越したの?」「え……」 アカリは言葉を言い淀んだ。その様子から口止めされているのだろうと推測出来た。「ああ、言いたく無いのなら無理に言わなくて良いよ」 ここは無理する場面では無いと思い言い繕った。変に疑念を持たれて逃げ出されては金が手に入らなくなってしまう。 ディミトリは慎重に話を運ぶことにしていたのだ。「ゴメンナサイ……」「まあ、俺が君の立ち場だったら、こんな危ない奴と付き合うのはゴメンさ」 ディミトリは笑いながら答えた。アカリは俯いてしまっている。「駅前に漫画喫茶あるから、そこで待っていてくれる?」「はい」「ちょっと、家に用があるんだ。 それが済んだらお姉さんを助けに行こう……」「分かった」 アカリはディミトリを家に送った。降り際にディミトリは自分の携帯を渡した。アカリが使っている携帯は監視されている可能性が高いからだ。そして、そのまま漫画喫茶に向かっていった。 ディミトリにはどうしても自宅でやらなければならない作業がある。サプレッサー事だ。壊れたままでは拙い。 アオイを救出する際にはサプレッサーが必要になるのは目に見えている。その為にサプレッサーを作成しなおす必要だあるのだ。 自宅に帰ったディミトリは早速3Dプリンターでサプレッサーを作り始めた。 中身の構造を練り直す暇が無いので、複数個持っていく事にしたのだった。 今回持っていったサプレッサーを分解してみると案の定中で割れていた。やはり熱でやられるのは変わらないようだ。 それでも金属のケースには歪みは無かった。(サプレッサーが長持ちしなかったのは、蓋の構造が駄目だったんだろうな……) 銃弾を通すために穴に防音効果を高めるための硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてある
「……」 その様子を見ていたアカリは、ディミトリが何をしようとして居るのか理解出来た。映画なんか良く見かける車泥棒のやり方だ。 しかも、彼は手慣れている感じだった。 初めて逢った時には銃で撃たれていた。姉によると腕から何か不思議な装置を取り出す手伝いをさせられたとも言っていた。 そして、夜中に廃工場を見張ったり、不思議な行動をする少年なのだ。(本当にこの子は中学生なの?) 姉が少年を怖がっていた理由はこれなのだろうと確信したのだ。(この子は目的の為には、悪事であろうと躊躇する事は無い……) しかし、アカリはディミトリがする事を咎めるのは止めにしている。言っても聞かないだろうと分かっているつもりだからだ。 それよりも、気がかりなのは自分を連れ去ろうとしていた男たちが、姉を拘束していると言っていた事だ。 事実、連絡がつかない点も気になっている。本当に拘束されているのなら、不思議少年の手助けが必要なのだ。「僕は一旦自分の家に帰る必要が有る」 ディミトリは車を走らせはじめた。本当はアカリに運転して欲しかったが、彼の事を怪訝な顔で見ているからだ。 まあ、自動車の窃盗を目の前で見せられて平気な方がおかしい。 それで、しばらくは自分で運転する事にしたのだった。「どこか逃げ込める宛は有るの?」「ええ、友人の家に行こうかと……」「それは駄目だ……」「どうしてなの?」「彼らは君を何らかの方法で追跡している」「え?」「じゃなかったら、どうやって君に辿り着いたのさ?」「あ……」「その友人を巻き込むのは関心しないね……」「……」「携帯電話は持ってる?」「ええ」「じゃあ、電源切ってくれる?」「はい……」 ディミトリは携帯電話の位置確認を利用していると睨んでいた。 アカリはバッグから携帯を取り出した。「それ、お姉さんのだよね?」「はい、姉のアパートで間違えて持ってきてしまったんです……」「そうか……」 これで、アカリがアオイの携帯を持っていた謎が解けた。つまり、アオイはアカリの携帯を持っている事になる。 次はアオイの所在だ。逃げる時の会話でアオイは捕まったとアカリは言っていたのだ。「お姉さんは彼らに捕まったと言ってたよね?」「ええ。 大人しく着いてくれば、船で会えると言ってました」「船……」 ディミトリはロシア系の連
大型ショッピングセンター。 ディミトリとアカリは大型のショッピングセンターにやってきた。その店は敷地内の駐車場が満杯になった時用に、離れた空き地に駐車スペース設けている。 そこに強奪した車を止めた。青年が警察に通報しているかも知れないからだ。(利用料金を十万程ダッシュボードに置いておくと言えば良いか……) ショッピングセンターから可愛そうな青年に電話する事にして、今後の事を考えねばならなかった。(一旦、家に帰ってサプレッサーを作り直さないと……) 手元にあるサプレッサーは用をなさない。今回の銃撃戦で交換用の弾倉がもっと必要な事が分かった。 これはミリタリーオタクの田島に頼んで譲って貰おう。 拳銃に付属していた弾倉はグラつきが有ったが、手持ちのモデルガンの弾倉はグラつきが無かった。玩具と思っていたが、中々使いでが良かったのだ。もちろん、改造は必要だがどうという事は無い。(多人数相手だと弾がいくら有っても足りない……) 普段、使っているのはアサルトライフルだ。携帯する弾も百~二百がせいぜい。多数の弾倉の携帯は行動を制限されてしまう。 それに兵隊の時には、突撃する者・支援火力を張る者と役割が分かれていたので、弾がそれほど必要が無かったのだ。(そう言えば拳銃が必要な場面って無かったからな……) 拳銃は戦局が駄目詰まりな状況で、ライフルの弾が無くなるような最後の最後で使うような物だ。なので、さほど重要視していなかったせいもある。それに拳銃が必要な場面に遭遇していたらディミトリは生き残ってこれなかったであろう。(まあ、サプレッサーをどうにかするのが先だな……) そんな事を考えながら、ショッピングセンターに向かって駐車場を歩いていると一台の車が目に止まった。 駐車場の端っこにポツンという感じで停車している。(ん?) ディミトリの直感が何かを告げた。懐にある銃を握りながら車に近づく。 見た目には普通の車だし、取り立てて目立った外観はしていなかった。(んんん……) 車には誰も乗っていないし、荷物が有る訳でも無い。しかし、何か変なのだ。 車の周りを回って正面に来た時に、何にピンと来たのかが分かった。(ふ、ナンバープレートが前と後ろで違うじゃねぇか……) これはニコイチと呼ばれる盗難車だ。ナンバープレートを変更しているのは、発覚を遅れさせ
隣町の丘の下。 白い車から降りてきた男たちが銃を構え始めた。それと同時にトラックの助手席側のドアが開き男が降りてくる。(こいつら全員グルなのかっ!)ビュッ! トラックから降りてきた男に最初の銃弾を送り込む。男は腹に衝撃を受けて後ろに倒れ込んだ。 サプレッサーの防音材が共振しているのか妙な音が響いた。「當心,拿著槍(気を付けろ、銃を持っているぞ)」「轉到對面放入,轉擁擠到對面(向こうに回り込め、向こうに回り込め)」 白い車の男たちの方から怒鳴り声が聞こえる。中国語なのは聞いただけでディミトリには分かった。(中華系の連中か!) 妙に大人しいと思っていたが、このチャンスを窺っていたのであろう。 彼らはディミトリが銃を持っているのを知っているはずだからだ。ビュッ!ビュッ! トラックの荷台越しに男たちに二発発射した。一発は車に、もう一発は地面に当たった。男たちは慌てて車に隠れる。 当たらなくても良い、牽制して逃走する時間を稼ぎたかっただけなのだ。「走って!」 ディミトリはアカリの襟首を掴んで先を急がせた。 アカリは訳が分からなかった。普通に歩いていたら、変な男たちに車に押し込められた。これだけでも大事なのに、次は見知らぬ男同士が銃撃戦をしている。 しかも、横にはディミトリが銃を片手に応戦しているのだ。戸惑わない方がおかしい。(荒っぽい仕事が好きな連中だな……)ビュビュビュッ!ポンッ! 男たちが再び車の影から出てこようとしたので再度連射した。しかし、最後の弾で異音が聞こえてしまった。(くそっ! サプレッサーがいかれちまったか……) ディミトリはサプレッサーの穴塞ぎ用のゴムが駄目になったのだと悟った。(連射に向いてないのは分かっていたけどな……) サプレッサーには銃弾を通すために穴が貫通しているが、防音効果を高めるために硬質ゴムで蓋をしてある。ドアの様に銃弾が通過した後に塞がるようにしてあるのだ。 だが、発射薬の強力な火力でゴムが徐々に駄目になる。段々と音が漏れるようになってしまうのだ。これがサプレッサーに寿命があると言われる所以だ。 ディミトリの自作のサプレッサーは、このゴムの材質が拙かったようだ。初めての試作だから仕方が無かったのかも知れない。ポンッ! 違う男が顔を出したので威嚇用に一発撃つが異音はしたままだ。男は肩